Sexy Zone(改名して「timelesz=タイムレス」となった) 菊池風磨(きくち・ふうま)さん。
菊池風磨さんって実は高校から大学受験して、 慶應義塾大学の総合政策学部(SFC)にはいり、留年もせず2017年に卒業しているんです!
芸能活動があんなに忙しいのに、大学受験をされたのですが、どう両立されたのでしょうか。
そもそも、なぜ慶應を選んだのでしょうか?──気になりますよね、
そしてなぜ慶應に入れたか?なぜ慶應卒業できたのか。
その理由とは...
実は菊池風磨さんは通っていた高校が都立の有名校で、偏差値は65~70と非常に高く、もともと頭がよかったんです。
さらに高校で芸能活動と両立しながら、慶應大学の一芸(正式にはAO入試)という、一般入試とは異なる受験方法を選んだのも理由です。
また高校卒業後に大学に進むことは、おじい様の言葉や、父親の仕事も深く影響しています。
今回はそんな上記の理由について、順番に深堀しつつ、「菊池風磨×高校×慶應ストーリー」を、ちょっと豆知識もまじえてまとめてみました!
1.菊池風磨 慶應までの学歴を整理 出身高校は?
菊池風磨さんは、もともと頭がよかったと述べましたが、それを裏付けとなるのが、
出身高校がである東京都市大学付属高校。
世田谷区にあり、こちらは偏差値は65~70と非常に高く、都内でもトップクラスの進学校の一つです。
難関大学への進学率が高く、特に理系の教育に力を入れています。
なるほど、菊池風磨さん、芸能界にはいりながらも、お勉強はしっかりやってきたタイプだったのですね。
では、さらにさかのぼって、小学校・中学校・高校までの学歴をプロフィールと共に整理してみました!
菊池風磨 プロフィール・高校時代はどんな?
菊池風磨さんは、1995年3月7日生まれで、東京都杉並区のご出身。
2025年現在は30歳ですね!
身長は177センチ、血液型はA型。

A型だから、こつこつと計画だてて勉強も頑張れたのかしらね!
杉並区第二小学校の卒業です。
そのあとなんと中学受験をして、東京都市大学付属中学に進学(偏差値62)。
ここは世田谷区にあるお受験では難関校。
中学に入る前からお勉強は得意だったんですって。
東京都市大学付属中学は、男子校です。
附属の高校が東京都市大学付属高校で、菊池さんがはいられたようにエスカレータで行かれるということ。
中学2年生だった2008年に、ジャニーズ事務所に自ら応募しており、めでたくデビューを迎えるわけです。
それからというもの勉強と芸能活動との両立が始まりますね。
2.菊池風磨 慶應義塾大学受験方法はSFCのAO入試!学部にも注目
菊池風磨さんは、2013年に慶應義塾大学に合格し、入学されました。
菊池風磨さんが希望して入った学部は慶應の総合政策学部で、偏差値は72ぐらい。
慶應SFCと呼ばれています。
これは、キャンパス所在地が、湘南藤沢(キャンパス)であるため、その頭文字をとって、SFCというのです。

偏差値とは裏腹に、ここは意外と簡単だったわね!
慶應のSFCは、一般入試のほかに、AO入試(アドミッション・オフィスの略語)があることでも有名です。
菊池さんもこのAO入試の方式で合格。
中高一貫校で勉強もできるタイプだったうえに、芸能活動を通じた経験が“自己アピール”として強みになったと考えられています。
とは言え、ジャニーズ事務所所属タレントとしては、慶応大学入学は櫻井翔さん以来の快挙
ちなみに、AO入試とは、いわゆる一芸秀でるという意味での「一芸」というものですね。
大学に入学する際、申込の段階で、特技や文化活動などの実績や志望理由などを評価する「一芸入試」や「一芸一能推薦」を利用する方法がありますが、それのことです。
AOとは、アドミッションオフィスの略語で、日本語で慶應では自由応募入試と呼ばれているようです。
AO入試では、筆記による一面的かつ画一的な評価ではなく、中学校から出願迄の間の学業以外の成果を、書類または面接試験で多面的に評価する(慶應義塾大学HPより)
菊池風磨さんが合格したAO入試は1次試験は書類選考、2次試験は面接で合否が決まります。
日刊スポーツの報道によれば、推薦文は当時のジャニーズ事務所の社長のジャニー喜多川さんが記載して提出したそうですよ。
菊池さんは高校1年生の時からこの大学を第一志望としていましたから
高校2年生の時から本格的にAO入試対策をしています。
一部ではAO入試だと、面接があり、人前で話すことに長けている芸能人は有利なのでは?と考える向きもあるようですが、
慶応のAO入試は毎年10倍程度で倍率が高いのでそれなりの対策が必要です。
また高校の内申点も重要なのでしっかりと勉強しなければいけません。
高校は進学校に所属していた菊池さん、勉強の難易度も高かったと思いますので、
そこで頑張っていくこと、さらにアイドルをしながら合格したというのはやはり本当に立派です。
どうやって勉強していたのでしょう?
菊池さんは、大変だったお勉強を次のように語っています。
僕は、仕事を一応しながらだったんですけど、やっぱり受験生と時間の差が出来ちゃうと思って、その差を埋められんのどこかなと思ったらやっぱ夜しかないなって思って、夜21時22時に帰ってきて、そこから塾を開けてもらって朝3、4時までそこでやらせてもらって。
2時間くらい寝て、また朝から学校行ってって感じだったんですけど。
どうやって勉強したかっていうと…もう本当にキャンパスライフを思い浮かべて、楽しいことを思い浮かべて、これだったら頑張れるって想像しながら。
睡眠時間2時間ってすごいですね!勉強の集中力つづかなそうにも思いますが、
本当に努力と根性で頑張ったコトが伝わりますね。
あとやっぱり高校の友達には助けられましたね。なんか学校行って結局バカやったり、保健室にたまってみんなでしゃべったりとか、そういうのが凄いストレスの発散になってて、今でもやっぱ凄い感謝してますね。(友達って)かなり大事だと思います。受験する上で
(wkrkラヂオ学園 2013/04/28)
気心しれている、勉強仲間でもある、お友達の支えがあったからこそ、という感謝の気持ちなのですね。
3.菊池風磨 慶應大学受験を選んだのは祖父や父の影響で高校1年から
祖父の「大学で同志をつくれ」という言葉
実は、大学進学のきっかけを作ったのはお祖父さん。
高校に上がるもっと前から、「大学で一生の同志をつくれ」という言葉を受けて、
菊池さんは「自分も挑戦してみよう」と思ったそうです。
菊池さんは小さな頃から祖父に、「多くの同志に出会えるから大学には行ったほうがいい」と言われてきたので、大学に進学したとコメントしています。
その一方でバラエティ番組に出演した際には、「実はモテたくて大学に入ったんです」とも告白していました。
どっちなんでしょうか?
まあ両方とも理由になっているのかもしれませんね。
あと、おじい様は早稲田大学のご出身なのですが、おじいさん=大学が早稲田のお話がおおかったようで
菊池さんは他の世界も見てみたい、と以て、大学に慶應を視野に入れたのです。
菊池風磨 父・菊池常利は音楽家として活躍
菊池風磨さんのお父様は、元美容師でもあり、歌手・シンガーソングライターのの菊池常利(きくち・つねとし)さんで
なんとあのアイドルグループ嵐のデビュー曲「A・RA・SHI」の作詞者!

そうだったのね!余韻にひたれる歌詞だったわ!
菊池家にはいつも“学びと音楽”が身近にあったんですね。
菊池さんは、その思いを次のように語っています。
「大学受験を真剣に考え始めた時、まず何をしたいのかを考えると、心理学や音楽などさまざまなことに興味がありました。そんな中で多種多様なジャンルの学問を学べる総合政策学部を見つけ、自分に合っていると感じました。それが憧れの慶應大学ということもあり、ここを志望するしかないと思いました」(慶應塾生新聞)
やはり、音楽を含めて、総合芸術的な事にもご興味があったのですね。
慶應の総合政策学部の基礎科目は、いわゆる文系や理系といった区別はなく、幅広く学べるカリキュラムになっているのですよね。
たとえば情報技術科目やデータ再選す、言語コミュニケーション科目、ウェルネス科目、などがあります。
そのうえで、先端科目を取ったり、研究会に所属して、最終的には、研究会での成果として、「卒業プロジェクト」(論文を執筆したり、作品の制作をしたり)を行って、卒業が決まる、ということなんですよね。
菊池風磨さんは、「音楽」に関連したり、musicを支えている技術や(外気的・心理的)環境にまつわることなど、惹かれるものがあって、選んだのかもしれません。
菊池風磨は、慶大総合政策学部は高校1年からの第1志望だった。「政治、社会、心理学、音楽といろいろな勉強がしたい」と公言し、自由度が高い学部を探していた菊池の希望に最も合致した。(2013/2 日刊スポーツ)
やはりできるだけ自由な中で、幅広く知識を広げたい、ということだったのですね。
それにしても、高校1年生から第一志望というのはすごいですね!
大学に行くこと時代は祖父の影響、
学部選びについては父の影響、
双方が相まって慶應義塾大学の総合政策学部を志望され、
見事合格に花開いたということでした。
何かを達成するには、家族の支えとはとっても大事なものですよね。
👉学歴や実績だけでなく、菊池風磨さんの落ち着いた人柄や距離感の取り方は、どんな家庭で育ったのかを知ることで、より立体的に見えてきます。
家族構成やご両親との関係についてはこちらで詳しく紹介しています。

菊池さんの出身高校・中学・小学校についてはこちらの記事で書いています。

4.菊池風磨 慶應をなぜ卒業できたの?高校までの努力の積み重ねとは?
慶應義塾大学に無事に入学されたものの、アイドル活動を続けながらの大学生活は、やっぱり大変。でも菊池さんはしっかり卒業!
その理由は、もともと学力があったこと、そして「櫻井翔先輩みたいに両立したい」という強い気持ちが支えになっていたのかもしれませんね。
櫻井翔さんのように、両立ができたことについては、、大学での仲間の影響も多いのかもしれません。
菊池風磨 慶應大学入学したとき、キャンパスライフはどんな感じ?
菊池さんは、大学入学したての時の気持ちを、次のように語っています。
「大学そうですねー、僕結構人見知りが激しいんで友達できるか不安だったんですけど、意外と友達が毎日どんどん増えていって、今ちょっと充実してますね意外と。」(JAM JAM 2013/05/05)
お友達がしっかりできてよかったですよね。
高校時代のように、卒業まで一緒に頑張れたり、支えてくれるお友達を早くもゲットでしょうか!
「推薦で入学してくるくらい一芸に秀でた人がいっぱいいて、ジャニーズが珍しくない環境もいいんだ。
俺、アメフト日本代表候補のやつからスカウトされたんだ。
俺がジャニーズって知らなかったみたいで”ガタイいいねアメフトやんない?”って。さすがに断った笑(duet 2013年6月号)
やはり、芸能人だからとか、ジャニーズだから、といって、菊池さんの事を知っていてもそうでなくても、変に特別扱いされない、そのような環境が心地よく、
大学を楽しみつつ、勉学にも精を出せたのでしょうね。
芸能人オーラを封印して自然体で過ごせていたようでなによりです。
そんな経験が、今のバラエティやドラマの立ち振る舞いにも活かされているのかもしれません。
大学2年生~慶應大学卒業まではどんな感じ?卒論は?
大学2年に鍼灸できたときは、櫻井くんに報告メール!をしたそうです。
「試験と舞台が重なった時は正直ビビったけど、2年に進級できたよ。櫻井くんにメールしたら”お祝いしよう!”って返事がきてうれしかった。これでまた1年頑張れそうだな」
(TVジョン リアル素クール!2014/04)
慶應にはいったことで、櫻井さんとますます距離が縮まったのですね。
大学3年になられたときの菊池さん。
取材を受けた時に「大学生としては、今はどういう状況なんですか?という質問に対して、次のように語っています。
「それが、大事なタイミングで授業に行けていなかったりするんです(笑)でも、単位を一つも落とさずに進級したんですよ。30単位で進級できるんですけど、40単位全部取りました!しんどかったですけど、このくらいのしんどい思いをすれば全部取れるんだってことが分かったので、それが良かったですね。」(2015/05 TVガイド PERSONS)
菊池風磨さん、勉強時間の工夫だけでなく、このようなポジティブな思考で、いろいろ乗り越えてきたのですね!
大学4年生から卒業まで
慶應SFCの場合は、大学3年生から4年生に上がるのが実は結構難しいと言われています。
菊池さんのようなお仕事と大学の両立はやはりとてもきつく、また、慶應SFCは、レポートやテストだけこなせばOKという学校ではないので、大変だったのだと思います。
そんななか、菊池さんはさすが、無事に4年生になって、そのあと無事に卒業されるわけです。
この5年のもっとも大きな変化は、大学に入学したこと。
やはり菊池さんががむしゃらに勉強というだけでなく、徹底的に目的や意識にこだわってやってきたのですよね。
菊池さんは、よく慶應SFCに入学したことで、
「(AOだから)芸能人だから入れたんでしょ」って、まわりに思われたくないっていう気持ちが強くて、入学当初から「絶対4年で卒業してやる!」って心に決めてるです
と言ってきました。やはり心に決めたことは、しっかり守る、そんな菊池さんですね。
しっかりと信念があったんです。
でも菊池さんのいいところはそれだけではありません。
進級するためには、学校の勉強だけが必要なのか?そうではない、ということです。
いざ通ってみたら、いっしょにいろんなところに出かけたり、時にはダラダラ過ごしたりする大切な仲間ができて、先輩後輩のつながりができて、たくさんの知識を身につけて…。本当に大事なものを得ることができてるなって思うよ (Myojo 2016/09)
進級や、卒業をしていくためにすぐに必要な知識、それだけが大事なのではないということ。
周りと交流する事で得られる気づきや知識、それこをが、自分ごととしての、本当の意味の知識となり、知恵となっていく。
そういう事だと思います。
大学にいって人間的に豊かになっていく、そこに意味がある、ということでしょう。
そんな菊池風磨さんお卒業論文のテーマですが、「新しいライブを作る」だったのです。
どんなライブのことなんでしょう、なんだか気になっちゃいますね!
内容は公開されていませんが、卒論への思いについて、菊池さんは慶應卒業後のインタビューで次のように語っています。
選んだテーマは”新しいライブの魅せ方”で、書いた論文は5万6千文字!自分のソロライブで実行したことなんかも盛り込んでみたんだけど、(この時は尋常じゃないくらい上がっちゃちゃって..かっこ悪かった話なんだけど)でも発表が終わったあと、先生から偉い勢いで誉められたんだよ。認められたことが嬉しかったなあ。論文を書くのはめちゃめちゃ大変だったけど、学部によっては卒論がない人もいるの。普通は”やらないですんでよかった”って思うだろうけど、俺は”やっておいてよかった!”って心底思える。人生でも、貴重な経験になったよ。Wink UP P 2017年4月号)
菊池風磨 高校はどこ?慶應大学をなぜ選び、卒業したのか まとめ
今回は、菊池風磨さんは、どこの高校だったか
そして、慶應をなぜ選び、そしてどうやって卒業までやり遂げたことをまとめてきました。
その背景には、家族や憧れの先輩、そして学校の仲間の存在がありました。
大学に行くのは祖父の影響もあり、祖父との約束で、心に決めていたし
慶應をえらんだきかっけは、音楽業をやっている父の影響があって、
幅広く学べることが魅力にもうつり、また父の手掛けた楽曲のアイドルグループ櫻井翔(慶應卒)にあこがれていた
大変な学業との両立を成し遂げたのは、よき仲間恵まれたことと、
「ジャニーズだから~」「芸能人だから受かった」など思われたくない、そのような事を払拭しつつ、自分も目的を成し遂げたい、
そんな菊池風磨さんならではの、熱意があったのですね。
学業を終えて、ひと段落の菊池風磨さん。これからの更なるご活躍も、楽しみですね!
応援しています。
👉学歴や実績だけでなく、菊池風磨さんの落ち着いた人柄や距離感の取り方は、どんな家庭で育ったのかを知ることで、より立体的に見えてきます。
家族構成やご両親との関係についてはこちらで詳しく紹介しています。

👉菊池風磨さんの高校時代まで努力の流れは、こちらの記事で書いています。

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