小柳津林太郎 結婚相手への現在の考えは?福岡移住で変わった”理想の愛のかたち”

かつて恋愛サバイバル番組 バチェラー・ジャパン2代目として一躍有名になった小柳津林太郎(おやいず・りんたろう)さん。

タレント、投資家、上場企業会社の役員などの経験をいかして、東京で華やかなキャリアを築いた小柳津さんは、現在は、福岡を拠点に「半都会・半自然」の暮らしを送っています。

その生き方の変化は、結婚や人との関わり方にも通じる”新しい幸せの形”を映しているようです。

今回は、小柳津さんの近年の活動やインタビューをもとに、「どんな価値観で人とつながりたいのか」そのヒントを探ってみたいと思います。

1. 小柳津林太郎 結婚相手は現在いる? 福岡移住で見えてきた”新しい”生き方

福岡に来る前のビジネス

小柳津林太郎さんといえば、恋愛サバイバル番組のバチェラー2代目の出演で、魅了された方も多いのですよね。

当時の事は別の記事で詳しく書いてますので、そちらに譲りますが、

ざっくりと小柳津さんの経歴をおさらいすると、京都にお生まれで慶應義塾大学卒業後は、サイバーエージェントに就職。

ちょうどバチェラーが放映された2018年は、東京でサイバーXの代表をされていましたね。

その翌年に2019年には、株式会社Ghost(ゴースト)を立ち上げ、新たに事業を展開されてました。

サイバーエージェントの本社は、渋谷区ですし、

株式会社Ghostは広尾の方ですから、東京にお住まいかと思いました。

実は住まいのメインは福岡へ、移住されていました!

ライフスタイルの変化だと思いますが、ご結婚とか、恋愛スタイルによって移住されたのか、とも気になりますが、、

ご結婚したとは、ご本人の口からはまだ語られていません。

小柳津さんは、各社インタビューでもお話されていますが、

移住と言っても完全移住というよりは、拠点が東京と福岡の2拠点で福岡で多め。

かっこいい、2拠点生活なんだね。いつからなんでしょうか?

2022年の11月からです。1ヶ月のうち3週間が福岡での暮らし。

残りの1週間分が東京での暮らし、というわけ。

かつては東京を表舞台にして活躍していた小柳津さん。

どうして吸収の福岡に生活拠点を移したのでしょう?

福岡を選んだ経緯 ビジネスから表現者へ

小柳津さんは、数ある都市から、なぜ福岡をメインの居住地に選んだのでしょうか。

調べてみましたら、

スタートアップを支援している福岡市を舞台に、大学や酒造メーカーと手を組んで、

世界に通用するお酒を作り出すビジネスのため、でした。

スタートアップの支援を福岡でされていたのですね。

また、2019年以降、等に飲食業はコロナ禍で大きな打撃を受けていますが、

そんな中でもお酒に会えて注目されたのはなぜなのでしょう?

コロナ禍で人同士の関わりが少なくなってしまった中、「お酒」というものは、一人酒では味わえない、人と人を繋ぐ媒体としてあるものだ、という理解です。

小柳津さんは、それについての思いを次のように語っています。

スタートアップ企業を支援している福岡市を舞台に、大学や酒造メーカーと手を携え、「ウェルネスブランドを築き、グローバルカンパニーを目指す」壮大なプランを描く。飲食業には逆風の吹いたコロナ禍の中で、あえて着目したのが、お酒だ。「人と人をつなぐ媒体という捉え方。語らいの場を生み出し、人生を豊かに送ることのできるアイテムの一つです」と力説。このブランドで世界展開を見据えている。(yahoo news)

小柳津さんご自身が大事な言葉の中に、「表現者として大成したい」があります。

これについての詳しいことは別の記事に書いていますのでそちらに譲りますが

現在も、小柳津さんには、表現者としての自由が深く根付いていていたうえで

ウェルネスブランドを築きたい、という熱い思いがあり

2022年ごろ福岡を意識してからそこにライフスタイルの変化があった、

ということではないかと思います。

小柳津さんの家族構成は、ご両親と弟さんの4人家族。おじい様の世代からお医者さんという小柳津家。さらに小柳津林太郎さんはご長男という育ちから、

ウェルネスブランドという発想は、それも一つの医療として考えている。

医療関係のご実家の影響もあるのかもしれませんね。

家系的に厳格そうなところもある一方で、小柳津さんの血液型はB型。

なにかと思い立ったら吉日。また、チャレンジ精神旺盛なんですよね。

気持ちの変化にあわせて行動が早いというタイプでもあるんですよね。

移住、といいますか二重、の生活をテンポよく継続されているのも、そのような小柳津さんらしさを感じられます。

福岡への移住を決めた理由について、小柳津さんは次のように語っています。

「出張ベースで福岡によくきていて、いろいろことを掘り下げていかないといけないと思った時に、これは出張ベースだとらちが明かないなと」(note)

最初は出張ベースだったけど、福岡ファンになってしまったというわけ。

もっと掘り下げて理解したい、しなければいけない、と思われたのでしょう。

小柳津さんは、暮らしについては、福岡に移住される以前の2020年の段階で、

ただ1箇所に留まるのではなく、様々な人とで会える「暮らし」を理想にしてました。

更に生い立ちに遡れば、小柳津さんは京都のご出身で、6歳~14歳までは親御さんのお仕事の関係で、ニューヨークに住んでいました。

アメリカ人の気さくさ、人の好さ、のようなものが感じられやすい土地のほうが、

小柳津さんにとって心地よいコミュケーションなのかもしれません。

ニューヨークは勿論大都会なわけですが、10キロのも離れれば、郊外になり、

自然豊かな土地というか。市街地と郊外がっくっきりしている感じ。アメリカの土地が広大さを感じられます。

小柳津さんもそうしたゆったりとした、自然豊かな都市生活に慣れているのかもしれません。

たしかに、東京の方が面積はやや広いけど、東京のように日本の都市は、中心部から40キロ離れたところにも千葉、埼玉の市街地が連続していて、郊外地域あまりないから自然がすごく少ない印象よね。

郊外からきている人も、都心からきている人も簡単に交わえて、フランクに会話できる、

そんな関わり方ができる地方都市の方が心地がいいのかもしれませんね。

「東京に月の1/4は滞在しているけど、また住みたいとはこれっぽっちも思わない。福岡がとても好きになってしまった」(小柳津さんのアメーバブログ)

東京に住むことにこだわらなくても、仕事のチャンスを得ることが当たりまえになってきました。

特に、小柳津さんは経営関係なので、地方都市の起業や街を盛り上げることにもヤリガイを感じているのかもしれません。

出張ベースでは感じらないものを見たい」というところからは、福岡の地に根差した生き方を試したい、という意思が垣間見られますよね。

福岡移住後に変化したこと

しかし、さらに、小柳津さんご自身が書かれているアメーバブログで、福岡移住後に、立ち上げたブランドビジネスの代表を退任されたなどの変化も語っています

「福岡に引っ越してきたのが2022年11月。あれから2年半が経とうとしている..

立ち上げたブランドビジネスの会社の代表取締役を退任しました」

代表取締役をやめてしまい、独立されたのですね!

どのブランドビジネスの会社なのか、はっきりと言及はありませんが、

おそらく株式会社Ghostのようです。会社ホームページの代表取締役社長のお名前が、

小柳津さんではなくなり、松岡さんという方に変わっていました。

立ち上げた会社を退任してしまったのは、思い切った決断だったようですね、でも小柳津さんが任せられる、と思える後任の社長さんがいるのは、実はすばらしいことだよね。

はい。そう思います。

そしてこの退任は何かの終了ではなく、従来の企業経営・企業拡大路線から、よりご自身のペースで表現できる活動へ舵を切るためのスタート

そんな意思表示と受け取れそうで、楽しみですね。

2.小柳津林太郎 結婚観に変化はあった?現在の理想のパートナー像や精神的な相性を深堀!

福岡移住後も、自分の時間の大半は仕事が占めている、という小柳津さん。

ご結婚相手のことをご本人から語られていることはありませんが。

一方で、恋愛についてや、理想の結婚とかパートナーへの思いを尋ねられて、語られることは多い小柳津さんです。

小柳津さんは、過去インタビューで「結婚とは許すこと」とか、「相手が自分を選んでくれるかどうか」など、婚活・恋愛に対する本質的な価値観を語っておられました。

このように語りです。

「僕が5体不満足になったとしても、一緒にいてくれるか、というのは見ていました。相手の内面・核を知りたい」(telling)

また、自立した傾向を好んでいるのも特徴の一つである小柳津さん。

「僕は、”私はついていきます”的な女性は苦手なんです」(telling)

つづいて、好みなど結構はっきり言うタイプでもある小柳津さん。

小柳津さんは、外見やスペックよりも、相手が自分の在り方を理解し、支えてくれるかどうかを見据えた選択眼を持っていることがわかりますね。

 

小柳津林太郎にとっての”真実の愛”とは赦すこと?

かつて、バチェラー番組では、「真実の愛ってなんだと思う?」と聞いていた小柳津さん。最終的に小柳津さんが選んだお相手の女性の倉田茉美さんの答えは、

「赦すこと(ゆるすこと)」

これは、当時20代女性の倉田さんとしては、とても思い切った答えで

愛の強さ、すばらしさを受け止めた事のある証ともいえる言葉だったと思います。

バチェラーの小柳津林太郎さんは、意外にも親子の葛藤を、潜りんけてきた様子でしたので、そんな小柳津さんいとってはインパクトの強い発見だったのだと言えます。

小柳津さんが、父親との葛藤があったのだと推察できることには2つの理由があります。

1つは、小柳津さんが父親(また祖父)と同じ医者にならなかったこと。

ならなかったいうよりは、なる道を小柳津さん自身が選択しなかった、といったほうがいいでしょう。

小柳津さん自身が選んで進めば叶った望みかとも思いますから。

2つ目は、バチェラーの番組で、小柳津さんのお父様が、離婚歴のある親御さんをもつ倉田さんに対して減点対象になるような発言をしました

でもそのお考えや態度について、小柳津さんが批判していたこと。

視察ではありますがそのような感じでしょう。

そのような経緯を理解しておいて小柳津さんの心の支えになっていけることでしょうか。

そうした背景のあるなかで、バチェラーの時の小柳津さんの答えは「そいつのためになら死んでもいいと思えること」でした。

バチェラーが終わってから時間が経ちましたが、今ではどうでしょうか?

愛とは…お互いに、素敵だ、とか稼ぎがいいとか、きれいだとかなんというのをすべて超えて、「互いに無償に尽くしたくなること」なのかもしれません。

👉小柳津林太郎さんと倉田茉美さんの詳しい内容についてはこちらの記事で書いています。

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小柳津林太郎のバランスを求める愛のカタチと、理想の女性の働き方を推察

小柳津さんは、「許す」「受け入れる」ことと「我慢」は異なるものとして区別しています。

「許すこととは、違うと思うことを受け入れること。自分視点で言うと、違うなって思うことを受け入れる事に近い」(telling)

これは単なる我慢とは違い、お互いの違いを認め合い、自分も変わるという余白を持つ関係性、それを望んでいるようです。

このような言葉の数々から、小柳津さんが結婚を「相手を包む関係」ではなく、互いが自由でいながら支え合う関係としてとらえているのが伺えます。

そうなると、推測ですが、結婚のお相手の方は精神的に自立していることは前提で

経済的にも自立していて、なにか志をもってお仕事をされていることでしょう。

ただ、小柳津さんの現在の2拠点でのお仕事のされ方を拝見しますと、おそらく一か所で一つのお仕事をしている方がお相手だと、拠点がバラバラになって

遠距離恋愛(結婚)のかたちとなり、小柳津さんが求めている愛のかたちというものが育みずらくなりそうです。

小柳津さんの生活リズムに柔軟に合わせられることができるように、

場所を選ばない形でオンラインでの仕事をしたり、いくつか複数の草鞋をもって対応できる形があるといいのだと思います。

小柳津さんは、福岡に移住された2022年以後に、ハイブリットサラリーマンズ倶楽部というのを立ち上げましたが、

一か所で正社員としてやっていくよりも、いくつかのことを同時並行し、最悪組織がぶっ飛んだ時でも、一人でも生きていけるような能力やスキル・人脈を身に着けておいたほうが、65歳以上になっても意気揚々としていられそうだ、という思いを語っていました。

結婚相手の働き方に求めるものととして語ったわけではありませんが、

小柳津さん自身が推奨しているものに取り組める方は、強いのかもしれませんね。

そうした中で、小柳津さんは次のように語っています。

「僕は副業よりは複業を推進しています。副業って基本的には自分が今持っている能力の時間を切り売りして副収入を稼ぐということじゃないですか。そっちではなく、複業。パラレルキャリアとして3つ以上のハッシュタグを持つことを推奨しています。自分のハッシュタグをいかに濃く、強いものにできるか。それを繋ぎ合わせたときに線から面になっていく。その面が大きいほど、市場価値というか、やれる幅が広くなって、稀少性が高くなっていくんだと思います。」(「転職エージェントが語る滑らない転職」)

3.小柳津林太郎 理想の結婚相手や、ライフスタイルに共通する「自分らしさ」

小柳津林太郎さんのこれまでの発言や活動を振り返ると、「理想の暮らし」も、「理想のパートナー」も、根底には共通した価値観があります。

小柳津さんが、「結婚」という形自体にはこだわっていないようにおも見受けられ、ここではあえて、理想のパートナーという言い方にさせていただきしたが、

それは、”自分らしくあること”を大切にしながら、他者と調和して生きる姿勢です。

東京での華やかなIT業界からの生活から一転、今は福岡を拠点に、仕事・暮らし。人との繋がりをバランスよく築く小柳津さん。

そこには、「働く」と「生きる」を分けず、日々の中で感性を磨きながら社会とかかわり続ける柔軟さが感じられます。

また、恋愛や結婚についても、「お互いが自立しながら支え合う関係が理想」と語り、”依存ではなく共創”の考えを貫いています。

理想の暮らしと理想の結婚(パートナー)ーーー

そのどちらにも通じるのは、完璧を求めるのではなく、「今の自分が自然でいられるか」という問いですね。

変化を恐れず、自分の価値観を絶えず更新しながら、人とのつながりの中でよりよい形をみつけていく、

その姿勢こそ、小柳津さんが発信し続ける”現代的な幸せのかたち”と言えるでしょう。

以上、

今回は、小柳津さんの現在について、特に2022年前後で福岡に移住された事の関係を書いてきましたが、

小柳津さんの価値観はどんな家庭環境や人生経験から生まれたのでしょうか?

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そして、話題となった『バチェラー・ジャパン』での倉田茉美さんとの関係についても、その後の選択には小柳津さんらしい「自立と誠実さ」がありました。

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