モデル・女優として活躍する八木莉可子(やぎ・りかこ)さん。
透明感のある演技やナチュラルな魅力で注目を集めていますが、
実は高校時代から芸能活動と学業を両立してきた努力家でもあります。
この記事では、
・なぜ選んだ?
・学業と仕事の両立への思い
・部活動やリーダー経験
について詳しく解説していきます。
八木莉可子の高校は?近江兄弟社高等学校の偏差値や特徴
まずは結論からです。
八木莉可子さんの高校はこちら👇
・所在地:滋賀県近江八幡市
・偏差値:40〜50台
・特徴:キリスト教系の私立高校
八木莉可子さんは、滋賀県守山市出身。
中学は地元の公立中学に通われたことが公表されています。
高校は、こちらの高校は私立の学校なので高校受験されたということでしょう。
どうしてこの高校を選んで受験したのでしょうか?
この高校は、1920年創立の歴史あるミッションスクールですのでキリスト教精神を教育の基盤としていて
地元では、国際教育にも力を入れていることが定評です。
八木莉可子さんも、最近は英語勉強にも励んている、ということですので、
グローバル志向の強い学校は、当時の八木さんにとっても魅力的だったのかもしれませんね。
また、高校卒業までは芸能活動を行いながら、地元・滋賀県の高校に通っていました。
部活動や学校行事も盛んで、生徒の自主性を重んじる校風が特徴です。
八木莉可子の高校受験で近江兄弟社を選んだ理由
八木莉可子さんは、高校進学前からすでに芸能活動をスタートしていますが、なぜ高校を受験にふりきって、近江兄弟社高校にはいられたのでしょうか?
中学2年生のときにファッション誌「Seventeen」の専属モデルオーディションでグランプリを受賞。
正式にはミス・セブンティーンの専属となるのは2016年の15歳の頃で、中学3年生頃
その後もモデルとしての活動をつづけポカリスエットのCMにも抜擢されていく、ということで多忙を極めていく中での受験。
近江兄弟社高校は滋賀県にある私立高校です。
芸能活動をしていると、東京での仕事が入ってくると分かっていたと思いますが、
なぜ上京せずに、滋賀県の地元の高校である近江兄弟社高等学校に決めたのでしょうか?
八木莉可子さんのインタビューをお見受けしていると、
次のようなことが考えられます。
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学業を優先したかった
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高校受験をすることで、教育方針のあう学校に通いたかった。
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自分らしさを大切にしたい、地元滋賀への思いがあったから
仮説としてまとめて順番に述べていきたいと思います。
八木莉可子 仕事より学業を優先したかった
八木利佳子さんのインタビューをお聞きしていると、基本的には学生時代は仕事より学業優先したかった、「学校での学び」をしていきたい、という思いが強く伝わってきます。
「デビュー当初から、高校卒業までは学業を優先しようと決めていたんです。シンプルに学校が好きだったし、仕事は大人になってからでもできるけど、高校生活は一生に一度しかないから……学校でしか得られない経験を大切にしたかった。(mensnono, lifestyle)
学生の時から、将来のこと、今しかできない事、きちんと考えていてしっかりしているな、と思います。
中学時代に生徒会長を務めていた時も、
「放課後からの仕事がはいっても、『その日は生徒会があるので無理です』と断ったりしていました」
ということがあったそうです。高校ではバスケットボール部のキャプテンだったので、
同じ様に部活動などがあるときは仕事をいれない、と徹底していたのではないかと伺えます。
部活にでる、というのは単に試合のための練習をする、ということだけではなくチームメイトとの交流ができる大事な時間ですね。コミュニケーションの場、ということです。
特にバスケはチームスポーツですからね。
このように、学業といいますか高校時代の学び全般を優先したい思いで、都内の高校にはいってしまうと撮影などで直ぐに呼び出されたり、せわしなく、早退せざるを得ない事も増えてしまいそうですよね。
ただ学校が滋賀なら距離がある分、「すぐに現場にいけない」⇨仕事をお断りする「学業がゆうせんできる」という流れが汲みやすいようにも思います。
八木莉可子 高校受験で自身にあう学校に通いたかった
中学からそのまま公立の高校に上がるという選択肢もあったと思いますが、
受験をして自分のやりたい事に合うことができる学校に入りたかった、という思いがあると思います。
高校卒業後は大学受験もされて第一志望に合格したと報じられていますので、やはり、「学び」においてのこだわりがあるのだと思いますね。
近江兄弟社高校は、グローバル志向が強い学校です。
大学はついていないので、大学行きたい場合は受験をする事になると思いますが、受験のカリキュラムだけではなく、人間力の向上にも力をいれているカリキュラムがあります。
芸能活動をしている八木莉可子さんいとって、海外志向や、マインド形成などそのような校風も魅力的だったので選んだと考えられます。
八木莉可子 自分らしさを大切にするために滋賀にいたかった
八木莉可子さんは、高校を地元にしたという事についての思いを次のように語っています。
「素の自分でいたかったから」
「地元の友達と普通の高校生活がしたかった」(mensnonno lifestyle インタビュー)
ということで地元愛が強い、とも取れますが
「自分が素であること、ナチュラルであること」を大切にしている八木さんの姿勢が伝わってきます。
これは学生として学び続ける上でも大切なことですが
仕事をする上でも大事ではないかと思います。
学業と仕事の両立を重視すると、時間の効率だけで考えれば状況して、仕事をしやすい環境にある学校に通う、という結論もありですが
「自分らしくいられる場所」「自分が帰っていい場所」をもつことは心の豊かさに繋がりますから、八木さんらしい魅力が発揮できるためにも、それがよかったのではないか、
と私も思います。
八木さんがいう「素の自分」とはどんなものなのでしょうか?
その明確な答えは八木さんからの言葉にはでてきていませんが、
次のようなインタビューに応じた内容からすれば、想像ができます。
私は滋賀県で生まれ育ちました。家の周りは自然が豊かで、幼少期は田んぼで遊んだり、おたまじゃくしを捕まえたりするなど、とても活発な少女だったように思います。また、器械体操と習字を習っていました。(大學新聞)
書道は昔から行っており、高校時代も書道部で活躍したそうです。
あと、八木さん自身は自然と共に中で活発になれる人で、というのは大事で、
都会生活には窮屈さを感じる、という意味あいもあるかもしれませんね。
八木莉可子 高校時代の学びと仕事の両立のエピソード
さて、学びの場所である高校は地元の滋賀の近江兄弟社高等学校に通った八木さん。
お仕事は平日は控えてで土日中心したいたそうです。それでも
週末は東京、平日は滋賀で過ごし、新幹線の中でも大学受験の勉強、という生活でした。
八木莉可子さんは、この時の思いを次のように語っています。
「芸能界の仕事をはじめたばかりの頃は、新幹線の乗り方から苦戦。おじいちゃんから借りた携帯電話を握りしめて、ドキドキして東京に向かったのを覚えています。」(mensnonno, lifestyle)
八木さん頑張りましたね!と同時に、
八木さんのおじいちゃんも、滋賀から一緒に応援してくれた思いが伝わってくるあたたかいエピソードです。
私も一人の親として、どうしても送り出す側の立場を思わずにいられません。
かわいい孫を送り出す、心配が沢山あるでしょうけど、思い切っておくりだす、そんなおじい様の温かく強い思いも感じます。
携帯電話は八木さんの為に買って、それで貸してくれたのかもしれませんよね。
また、八木莉可子さんはさらに続けます。
私が仕事をセーブしてもらっているなか、セブンティーンのモデル仲間は上京するために転校したり、撮影の合間に勉強したり、仕事をすっごい頑張ってて。そんな姿を見るたびに劣等感や罪悪感を抱いていました。自分が選んだ道で、正しい自信はあったけど、自分だけ“いいとこ取り”しているのが申し訳なくて。
(mensnonno lifestyle)
八木さん自身に苦労もだったことわかりますので、「いいとこどり」とは思いません。
ただ、よく回りの人に流されないでやっていたな、すごい、と思います。
高校生なら、普通に生活していても回りに流されて同じ行動をしたがる人も多かったように思います。
八木さんの周りの場合、上京して転校したり、撮影現場での合間に勉強、というのはもちろん大変なことだと思いますが、
仕事を多くとりがいたがめに、そのように過熱していく周り。
そのような周りの人がやっていることのほうが、正しいことなんじゃないか?というようには流されずに、「自分が信じた道を選んだ自分を信じる」ということを貫いてこられた八木さんに一本筋通っている感じはすごいと思います。
そういうマインドの人が芸能界で活躍し続けて行くのでしょうね、とすら思います。
八木さんは、このことを高校3年間ずっと悩んでいたということをインタビューで明かしています。
でも誰にも言わなかったようです。
自分の選択に責任を持ちたかったのと、相談しても解決できないと思ったから。私が友達やマネージャーさんの立場だったら、“じゃあもっと仕事したらいいじゃん!”って思いますもん(笑)」
悩みを人に打ち明けない強さ、をシンプルに感じます。
話せばいい、というものではなりませんからね。
その強さが今の八木莉可子さんの活躍に繋がっていると思います。
八木莉可子の出身である近江兄弟社高等学校の出身の著名人は?
この高校出身の著名人に参議院議員の有村治子(ありむら・はるこ)さんもいらっしゃいます。
八木さんもそうですが、リーダーシップと持つなど意欲的な学生が多いのかなと思いますね。
また、有村さんは近江兄弟社高校卒業後、
国際基督教大学教養学部社会科学科(偏差値65~67相当)に入られています。
八木莉可子さんは、明治学院大学社会科学部(偏差値62-66相当)に入られています。
偏差値のジャンプという点では、八木さんも有村さんに近いかたちですね。
しっかりと、努力されていた。
八木さんのケースでは、高校時代はモデルや女優としての仕事をこなしながら学校生活を送る日々の中大学進学を目指して受験勉強にも取り組んでいたのです。
2016年にSeveteenWebのインタビュー記事では、
英語や小論文の対策を中心に勉強を進めていたことや、仕事の合間に勉強時間を確保しているスケジュール表を公開されていました。
芸能活動を続けながら受験勉強を進めるのは簡単なことではない、というまでもありません。
特に、八木さんのように滋賀と東京を行き来するといことだと。
ただ移動時間を効率的に使うという点で、スケジュール管理も人一倍に気を遣っていたかもしれません。
八木莉可子さんの高校時代を振り返ると、
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継続力(学業・学び・仕事)
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時間管理能力
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リーダーシップ
こうした努力の積み重ねの結果、八木莉可子さんは第一志望だった
明治学院大学社会学部への進学を果たしましたね。
八木莉可子の高校時代まとめ|流されない強さと“独立自尊”の生き方
出身高校の情報や特徴は冒頭に書いている通りです。
八木莉可子さんの高校時代は、近江兄弟社高等学校で学びながら、芸能活動と学業を両立させた充実した3年間でした。
高校選びにおいても、上京して仕事を優先する道ではなく、「学業を大切にしたい」「自分らしくいられる環境で過ごしたい」という思いから、地元・滋賀の学校を選択しています。
また、高校生活では勉強だけでなく、生徒会活動や仲間との時間も大切にしながら、人としての成長を重ねていきました。
一方で、周囲のモデル仲間が上京し、より多くの仕事に挑戦していく姿に葛藤を抱えながらも、八木さんは自分の選択を貫き続けます。
この「周りに流されない強さ」こそが、八木莉可子さんの大きな魅力であり、“独立自尊”の姿勢そのものと言えるでしょう。
自分で考え、自分で選び、その選択に責任を持つ。
その積み重ねが、現在の女優・モデルとしての活躍につながっているのではないでしょうか。
高校時代は、八木莉可子さんにとって、将来の土台となる大切な時間だったことがうかがえます。

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